【特集】戦争の記憶-加害体験を後世に伝える-(下)

   

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昭和20年(1945年)8月15日、日本は終戦を迎えた。

73年前の今日、前線に送り込まれた兵士、日本で帰りを待っていた家族、それぞれがどんな思いで終戦を迎えたのだろうか。

「日本中国友好協会」の矢崎光晴さんは、戦争体験者、特に戦地に赴いた元日本兵の加害証言DVDの上映活動、また全国で講演しながら「戦争は人をどう変えるのか」「戦争の恐ろしさとは何か」を伝えている。

戦争体験者の多くが亡くなっていく今、彼らが私たちに伝えたかった思いとは。

矢崎さんへのインタビュー、また元日本兵の証言を通して、戦争の本質について改めて考えてみたい。

 

 

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ゲリラ掃討作戦で「赤ちゃんを踏み殺した」

https://www.flickr.com/photos/mujitra/9514771441

 

特務機関に所属した湯口知正さん(DVD「証言-20世紀からの遺言~若者が問う侵略戦争」[第3作]、「泥にまみれた靴で」[第4作]にて証言。2001年逝去)

軍医の生体解剖に立ち会った体験、抗日ゲリラ(中国共産党系の非正規軍)掃討作戦での体験などを証言している。

 

以下、湯口さんの証言の一部(要旨)。

「内地(日本)から中国に来た軍医が『生体解剖をやりたい』と言うので、生きた捕虜を用意した。

軍医は胸の真ん中を切ろうとしたが上手くいかない。

私は『そんなやり方では駄目だ。内臓を出すのはこうやってやるんだ』と見本を見せてやった。

捕虜の脇の下から刀を入れ、そのまま腰骨に向かって切った後、隙間から肋骨に指を入れて、ガバっと胸を開いてやった。

それを見た軍医は怖気づいたが、『あんたがやりたいって言ったんだ。やんなさい』と促してやらせた」

 

「ある集落に抗日ゲリラがいると判断し、部隊に急襲を命じた。

行ってみると一般の住民しかおらず、ゲリラが見当たらない。

私は『これでは自分の体面が保てない』と思った。

若い夫婦と赤ちゃんが目についた。

『この夫婦は工作員だ。赤ん坊も生かしておけば、いつか日本軍に牙をむくことは火を見るよりも明らかだ。殺せ』と兵士に命じた。

しかし、命令を受けた兵士は動揺して銃も向けられない。

業を煮やした私は『こうやって殺すんだ』と言って、泥にまみれた靴で、その赤ちゃんを踏み殺した」

 

戦後、湯口さんはご自身に孫が生まれた時に、この時の体験を思い出す。

その日から毎晩のように、踏み殺した赤ちゃんの夢にうなされた。

知人らの助言を得て、殺した赤ちゃんを供養するために灯籠を流し、手を合わせたそうだ。

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