【仙台市長選】「郡和子新市長」誕生の裏側に迫る―「市民の会」新里宏二共同代表 (中)

      2017/09/28

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※本記事は「【仙台市長選】「郡和子新市長」誕生の裏側に迫る―「市民の会」新里宏二共同代表 (上)」の続編です。

詳しい内容は下記リンクをご覧ください。

【仙台市長選】「郡和子新市長」誕生の裏側に迫る―「市民の会」新里宏二共同代表 (上)

【仙台市長選】「郡和子新市長」誕生の裏側に迫る―「市民の会」新里宏二共同代表 (下)

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市民の会の共同代表として

新里宏二 市民の会

街頭でマイクを握る新里氏。

新里 宏二共同代表(以下、新里):私自身は今まで選挙をやってきたわけではないし、実は4月の段階の準備会は参加していない。ただ、私自身は仙台で35年弁護士をやってきて、いろいろな市民運動をやってきた。さまざまな立法運動もやってきて、大きく言えば貸金業法の大改正を2006年にやったり、震災の時は日弁連の副会長として被災政策についての法改正・立法運動をやってきた。国会議員の先生方とも、与野党問わずお付き合いをさせていただいた。

そういう政治的にあまりどちらと決まらず、広範囲に色んなことをやってきたのが「野党共闘だけでは勝てない」とされた選挙戦に合っていると思われたのかもしれない。それで引き受けることになったと。

ーそうして選挙戦を戦う新しい「市民の会」が作られました。事務所開きは次点の菅原氏に比べて2週間ほど遅くなったようですが、当時の組織化に至るまでの間で、印象に残っていることを教えていただけますか。

新里:選挙準備が遅れたというのはその通りで、菅原さん自身は6月10日に事務所開きをしていたが、うちは6月25日にまで遅れてしまった。当初は事務所の場所も決まらなかったが、最後に一番町のいちばんいいところにたまたまうまく収まった。事務所開きの時は、どのくらいの人がきてくれるか少し不安に思っていたら、なんと500人が駆けつけて来てくれた。初めの280人から400人、そして500人に至って、やっぱり市民の皆さんが郡さんを押し上げて自分たちで選挙しようというムードが立ちあがったと思う。今回は国会議員がメインになる選挙じゃないので、政党は少し引いてもらおうという雰囲気になった。

今回の選挙戦は市民の会があってそれに民進党、共産、社民、色んな労働団体が協力してもらうかたちになったが、それでもやはり市役所の組合がどう動くかというのは大きかった。皆さん奥山市政時代は市役所・市議会がほぼ一体となってやっていたなかで、今回は自公が推す人と野党が推す人とで分かれてしまったから。
でもたまたまうちの選対の事務局の中に、市労連の委員長・書記長をやってきた者が二人いて、市労連7組合全てがこちらを応援・推薦を、自治労も応援してくれるということになった。連合全体としてもこちらを応援するという格好で、非常に組合関係がうまくまとまってくれたのがありがたかった。

―ありがとうございます。多くの人が気になるところではあると思うのですが、政党間の連携はどのようでしたか。

新里:まず、各政党間で選挙のやり方が違う。民進系と共産でも、例えば共産党は色んな文書を出すが、民進は市民受けのいい選挙をやる。それが上手く機能すればいいが、バラバラになるとダメだった。選挙の手法が違うと、「これは選挙違反ではないですか」って内部で問題になる時もある。
私たちは弁護士だったので、その解決のために「当番弁護士」を作った。例えば選挙違反が疑われると内外で出た時に、プロの意見を聞いて判断していこうという仕組みを作った。
そういう仕組みが出来たのは良かったと思う。選挙の手法が違う組織の課題を、プロが入ってさばいていった。私は弁護士と政党の両方に知り合いが多かったので、両方を調整していくのが私なんかの役割だった。

どうやって「郡和子」を市民に届ける?選挙戦戦略

仙台市長選 郡和子

ー市民や組合、野党が合流していきながら組織作りが進んでいきました。組織固めが進み、いよいよ選挙戦に入るわけですが、選挙戦について何か課題に感じていたことはありますか。

新里:郡さんは1区でやってきてるんだけど、小選挙区でずっと勝ってるわけではない。彼女は太白区出身なので、太白区では圧倒的に人気がある。でも土井(亨)さんの方が強くて、小選挙区では25,000票くらい負けている。知名度があるといっても確固たるものじゃなかった。

また、2区の泉・宮城野・若林区には地盤がない。だから最初はそこを抑えようということで、選挙戦序盤は2区に遊説に行こうということになった。

特に泉区は大票田なので、ここを取らないかぎりは勝ちがないんじゃないかという思いがあった。さらに泉区は林さんの地盤で、菅原さんの自宅もある。だから何とか泉を取りに行こう、泉は勝たなきゃダメだと思っていた。選挙戦序盤は2区、泉区を回って名前を売ったという格好だった。

ーまず2区で郡氏の知名度を上げようというお考えだったんですね。しかし、中盤以降は街頭に立って政策を訴える姿が印象に残っています。何か選挙戦の転換があったのでしょうか。

新里:選挙戦の2週間は、まずは2区で名前を売るという戦略だったが、中盤になって新聞の選挙分析や独自の調査結果をふまえ、「やっぱり政策を売ろうよ」という流れになり、やり方を少し変えていくことになった。

郡さんは中盤から「新健康都市宣言」というトータルな政策を掲げた。いわゆる高齢者の問題や環境問題、まちづくりといった幅広い政策を「新健康都市宣言」に盛り込んで訴えていこうということになった。この中の環境や大気汚染の話が仙台パワーステーション(編集部注:関西電力グループ・伊藤忠エネクスが仙台港に立ち上げた石炭火力発電所。)の話につながっていって、環境問題に関心の高い有権者の支持も勝ち得ていった。

ーありがとうございます。トータルな政策を掲げた「新健康都市宣言」ですが、そんな中でも、最もこの層に訴えていきたい!といったところがあれば、ぜひ教えてください。

新里:郡さんはこれまで60歳以上には圧倒的な支持があることから、今回は、子育てをしているお母さん方が一番のターゲットじゃないのかなという思いがあって、そこの問題も出していこうということになった。その世代が女性で一番悩みを抱えているわけだしね。

例えば待機児童問題については、協力してくれる人の中で保育所の問題に詳しい人が全国でどんなことが起こっているのか教えてくれた。待機児童の問題というのは、保育園の待遇が悪くて人が勤めないのが一因。待遇が良い首都圏には人が引き抜かれることがある。

そういった首都圏の保育園では何をしているのかというと、保育士の家賃補助として月4~5万を出して、働き手を確保している。それは仙台市で実施したらいくらぐらいかかるんだろうと試算を出したら、確か9億ぐらいになった。

また、いじめの関係。いじめの問題で、(教師の目がよく行き届く)35人学級をやったらどのくらいかかるんだろうかと考えると、これが17億くらい。

仙台市の予算は約1兆1,100億なんですね。その内一般会計は5,400億。その中で保育士への家賃補助が9億、35人学級の制度整備が17億。それって、郡さんがやるって言えばできるなと。

郡さんは演説ではそれぞれの政策がいくらかかるという話はしていないんだけども、その前に選対の中で議論をして「実現可能だな」といったものを試算して、話すように伝えていた。

目標にしたのは投票率45%

ーありがとうございます。中盤から最終盤にかけての政策を訴える選挙戦が無党派層への浸透を加速させるきっかけになったように思います。投票率では、どのようなところを目標とされていましたか。

新里:そういった政策の出し方などが、無党派層に郡さんを浸透させる力になったかもしれない。前回市長選の投票率は30%だったが「30%だったら負けるだろう。なんとか45%まで上げたい」という話は選対幹部でしていた。

当日までの投票率は、途中では40%にいくかいかないかと思っていたが、終盤で選挙戦が盛り上がりを見せてきて、最終的には目標としていた45%近くまできた。

正直、僕はその時点で「勝った」と思っていた。ただ僕自身は25,000票差で勝ちかなと思ったが、蓋を開けてみれば次点の菅原さんとの差は16,000票。やっぱり国政与党の自民・公明、そして知事・現職の市長と戦うというのは、結構厳しい戦いだったんだなと思った。電話かけでは非常に感触が良かったが、向こうはステルス戦で、業界をきちんと締めて戦っていた。

ー非常に薄氷を踏むような接戦だったのですね。選挙戦当時を振り返って、一番大変だったのはどんなときでしょうか。

新里:一番大変だったのは、7月15日に菅官房長官が来仙したころ。官房長官は7月3日にも仙台に来る予定と聞いていたが、都議選の惨敗で来れなかったとも聞いている。(15日に)菅官房長官が来てから自民・公明の動きが変わった。彼は街頭には出なかったものの、内々ですごく向こうの陣営に喝が入ったんだと思う。

ー非常に厳しい戦いでしたが、郡氏が菅原氏と勝敗を分けたものがあるとしたら、それはどのようなものだと思いますか。

新里:最後は知名度だろうか。もうちょっと選挙戦が長かったら、(勝敗は)どうだったかなと思う。

それと、選挙戦最終盤に錦町公園で行った星空集会……これは1,200人まで集まったのかな。そこに来る人は必ず(郡氏に)入れる人だから、こう声をかけた。

「今日来てる皆さんは支持者じゃないよ、あなたたち一人ひとりが選挙運動員だよ。あなたたちがまた今日帰って、あと数日でどれだけ知り合いに電話掛けできるかにかかってるよ。そうしたら必ず勝てるよ」って。そこに集まった1,200人が、選挙運動員として更に最後頑張ってくれた。

運動としては、外ではピンクメガホン隊をやって、選挙事務所に集まった一人ひとりが確実に選挙運動をやってくれた。そういうことが上手く噛み合ったんじゃないかなと思う。市民団体と組合、それから各政党が非常にうまく回った。皆さんが「市民の会」を大事にしてくれて、立ててくれて、協力をしてくれる体制を作っていってくれた。

はじめに(民進・安住県連代表から)「25,000票負けてるよ、郡さんの知名度だけでも勝てないんだよ」とスパッと言われて、わかった。どの政策についても「じゃあどうすれば無党派層をどう取り込めるのか」「自分たちの顧客をきちんと固めて、更に浸透していけるのか」と考えられたのかな、それをすごく意識しながらやらせていただいたのかなと思う。

※(下)編は、9/27(水)公開予定です。

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