大英帝国が恐れ、ヒトラーが讃えた最強の兵士「ゴルカ」

   

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「グルカランド」という言葉は、ネパールのゴルカ民族に由来します。ネパール建国の父・プリトビ・ナラヤン・シャハ国王が1743年に王となりました。

彼の即位する前、今のネパールは24の国に分かれていました。彼はゴルカの助けを借りて戦い、一つの国を形成しました。

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「大英帝国」も舌を巻いたグルカ兵の勇敢さ

1885年、「大英帝国」を名乗っていたイギリスがネパールを征服しようとしたとき、ネパールは銃を一切持たず、木製の武器でイギリス兵をひるませました。

イギリス人はグルカ人に、「降伏すれば必要なすべてのものを与えよう」と言いましたが、「戦闘中の死は名誉で、降伏や敗北より遥かに優れている」と考えるグルカ人は決して屈しませんでした。

 その後、世界中がグルカ兵噂をききつけ、援助を求めるようになりました。アメリカを含む50以上の国々が、国を守るためにネパールの兵士の力を求めています。 100万人以上のネパール・ゴルカ兵がインドを守っています。

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 独裁者として知られるヒットラーもまた、その勇敢さをたたえ「もしネパールの兵士がいたら、私は世界が世界を支配する」と言いました。第1次世界大戦や、193第2次世界大戦で世界の人々がネパールの兵士たちを称賛しました。

ダージリンを失ったネパール

ネパールはイギリスとの戦争で敗北し、スガウリ合意を結んだあと、当時英領にあったインドによって領土の3分の1が占領されました。シッキムとダージリンは、世界で最も美しい場所です。

インド人女優の炎上

インド人の女優・シマスベディがちょうど27日に、フェイスブック・ライブで物議を醸す発言をしました。「グルカ兵はインド人だ」と言って、ネパール人を怒らせました。いわゆる「炎上」です。

ユーチューブで彼女の名前を調べると、5000人以上のVediosをシマスベディに対抗させることができます。彼女は動画を削除しましたが、ネパールの人はログをとっておいてあります。私から言わせると彼女はしばらくネパールには入れないだろうと思いますが、インドで正常な市民で、一人でこんなことを話して、恥知らずだと思います。

モディ首相が生んだ緊張

 インド首相ナレンドラ・モディは「ゴルカーランド をインドにしたい」として、インドとネパール間で緊張が高まっています。もしネパールが全兵士を帰国させるならば、グルカ兵に頼っているインドの国防はたちゆかなくなるでしょう。すべてのインド人とネパール人はナレンドラ・モディを助けて、平和と調和の中で生きることを望んでいます。他者のものを奪うのではなく、互いに協調しあいたいと心から思います。

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Bhusal Anil (ブサル アニル)
政治プレス新聞社フォトグラファー・映像ディレクター。1989年生まれ。ネパール首都カトマンズ出身。趣味は動画・自主映画制作。好きな映画は黒澤明『七人の侍』。

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