「建国記念日」で揺れたボスニア・ヘルツェゴビナ

   

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前回でも述べた通り、ボスニア・ヘルツェゴビナ(以下略:ボスニア)は

ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦とスルプスカ共和国という2つの構成体で成り立つガラス細工のような国だ。

昨年、そのガラス細工に大きなヒビが入る事件が発生した。今回は、ボスニアを揺るがした「事件」に着目したい。

前回の記事はこちら

失業率40%!停滞が続くボスニア・ヘルツェゴビナ経済

「建国記念日」が問題になる?

左 セルビア共和国 ヴチッチ大統領 右 スルプスカ共和国 ドディック大統領

事件は2016年9月25日、セルビア人が多く住むスルプスカ共和国で起きた。

当日、スルプスカ共和国の「建国記念日」である1月9日を祝日にすることを問う住民投票がスルプスカ共和国で強行された。

9月26日の選管発表によると、投票率は55.7%、賛成票は99.8%だった。

この住民投票の結果に対し、スルプスカ共和国のドディック大統領は「共和国と投票した住民を誇りに思う」と発言した。

一方、ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦側は住民投票を強行したスルプスカ共和国側は強く批判している。

ボスニアのトップにあたるボスニア人のイゼトベコヴィチ大統領評議会議長は「憲法やデイトン合意に違反する」と発言。スルプスカ共和国との間に大きな亀裂が入った。

伏線はあった「建国記念日」問題

スルプスカ共和国 国旗

ヴィシェグラードにある像 白・青・赤のスルプスカ共和国国旗が目立つ

一見すると、降って湧いたような印象を受ける「建国記念日問題」だが、これには伏線がある。

そもそも、スルプスカ共和国側は「ボスニア・ヘルツェゴビナに属している」という思いより「私たちの国」という意識のほうが強い。

事実、スルプスカ共和国領内では、役所、国境審査場以外でボスニア・ヘルツェゴビナの国旗を見ることはあまりない。その代わり、白・青・赤のスルプスカ共和国の国旗が目立つ。

2015年11月、ボスニアの憲法裁判所はスルプスカ共和国が「独立記念日」を祝日にすることを「憲法違反」と断じた。

1992年1月9日にスルプスカ共和国がボスニア・ヘルツェゴビナから独立を宣言した後、3年にも渡るボスニア紛争が始まった。そのため、ボスニア人、クロアチア人から見れば1月9日は「忌まわしい日」となる。

一方、セルビア人は1992年1月9日の独立記念日は「ユーゴスラビアに留まる」という意志を表明したもの、という意識が強い。また、セルビア正教にとって1月9日は重要な祝日にあたる。

このように、両者の歴史解釈の違いが「建国記念日問題」を契機に表面化した、と考えるのが妥当だろう。ボスニアでは紛争の歴史が全体的に総括できておらず、常に爆弾を抱えた状態になっている。

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1987年生まれ。神戸市出身。神戸大学大学院国際文化学研究科修了(国際関係・比較政治論コース)。専門はユーゴスラビアといった中東欧の政治・国際関係。 民間企業に勤務後、3ヶ月間の中東欧でのバックパッカー体験を経て、2016年より独立。『Compathy Magazine』『TRIP’S』など複数のメディアで活躍中。

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