ソ連は生きていた!未承認国家「沿ドニエストル共和国」の実態

   

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ティラスポリ駅 モルドバでは見られなくなったモルドバ語とロシア語で「駅」と書かれている

ティラスポリ駅。モルドバでは見られなくなったモルドバ語とロシア語で「駅」と書かれている

モルドバには中央政府がコントロールできない未承認国家「沿ドニエストル共和国」が存在する。

「沿ドニエストル共和国」を世界地図で見つけようとしても、見つけられないだろう。なぜなら、この国はどの国からも国家承認されていないからだ。

一体、「沿ドニエストル共和国」とはどのような様子なのか。実体験を基に、皆様をミステリアスな旅に案内したい。

ソビエト連邦にタイムスリップできるエリア

沿ドニエストル共和国の紋章

沿ドニエストル共和国の紋章

「沿ドニエストル共和国」に入るのは案外、簡単だ。モルドバの首都キシナウから「沿ドニエストル共和国」の首都、ティラスポリ行きのバスに乗ればいい。

走ること1時間、沿ドニエストル共和国の巨大な入国審査の門が現れる。その上には鎌とハンマーで組み合わせた沿ドニエストル共和国の紋章が目につく。

入国審査を終えると、急に見慣れているお店のポスターが消える。そのかわり、ソビエト連邦そっくりの国旗や政治スローガンがペタペタ貼ってある。

まるで、ソビエト連邦にタイムスリップしたような感覚だ。ソビエト連邦が崩壊した時、私は4歳だったので、ソビエト連邦の実態を生で体験したことはない。だから、よけいに新鮮だった。

バスを降りると、独自通貨である「沿ドニエストル・ルーブル」に両替する。出国した途端に紙くずとなる貴重なお金だ。

街を歩くとモルドバ側よりも、道が整備されていることに気づく。実は、沿ドニエストル共和国には工場が集中しており、1人あたりのGDPはモルドバ本国よりも上回っているのだ。

モルドバとしては、貴重な工業地帯を失っているので、さぞかし悔しいだろう。

街を歩いていると、気になるのが住民からの厳しい目線だ。他のヨーロッパの街では味わえない、外国人を警戒する目線を感じる。

実際に、沿ドニエストル共和国に泊まった方のルポを読むと、ホテルの部屋には盗聴器が仕掛けられているらしい。

私は日帰りでキシナウに帰ったが、ソビエト連邦の雰囲気を十二分に味わった。それも、テーマパークではなく、「未承認国家」なのだから、不可思議に思えた。

完全独立? モルドバとの連邦制? 揺れに揺れる沿ドニエストル共和国の将来

親露派で知られるモルドバのドドン大統領。これまでの政権とはうって変わって、沿ドニエストル共和国に友好的な姿勢を示している。

親露派で知られるモルドバのドドン大統領。これまでの政権とはうって変わって、沿ドニエストル共和国に友好的な姿勢を示している。

2016年12月にモルドバの大統領が新露派のドドン大統領に代わり、沿ドニエストル共和国を取り巻く環境は大きく変化している。

正直に書くと、ニュースに追いつくのが大変なほどだ。従来はモルドバがロシアと沿ドニエストル共和国の苦境をチャンスと捉え、沿ドニエストル共和国の併合も視野に入れていた。

しかし、ドドン大統領は沿ドニエストル共和国と友好関係を結ぼうとしている。

ロシアのタス通信によると、1月24日の会見でドドン大統領は「沿ドニエストルの将来は国土全体で国民投票にかけるべきだ」とし

「国家の再統一のため、一つのたたき台を用意すべきだ」と述べている。また、ドドン大統領は沿ドニエストル共和国との連邦化を画策しているとも言われている。

アメリカではトランプ政権が誕生し、西欧ではロシアに対して融和的な姿勢が見え隠れする。

沿ドニエストル共和国の問題も、ロシアとモルドバの親露派の大統領によって、問題が大きく前進するかもしれない。

ただし、モルドバの首相や議会は親欧派なので、解決案によっては国内が混乱する可能性も考えられる。

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1987年生まれ。神戸市出身。神戸大学大学院国際文化学研究科修了(国際関係・比較政治論コース)。専門はユーゴスラビアといった中東欧の政治・国際関係。 民間企業に勤務後、3ヶ月間の中東欧でのバックパッカー体験を経て、2016年より独立。『Compathy Magazine』『TRIP’S』など複数のメディアで活躍中。

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