「ロシア軍は出て行け!」掛け声倒れに終わるモルドバの現実

   

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モルドバ共和国の政府庁舎

モルドバ共和国の政府庁舎(筆者撮影)

前回の記事で説明した通り、モルドバはヨーロッパとロシアの間にある小国だ。

そして、1991年の独立以降、モルドバを悩ましているのがモルドバ領内にある未承認国家「沿ドニエストル共和国」に駐留するロシア連邦軍の存在だ。

モルドバにとって駐留ロシア軍はいつ襲ってくるかわからないオオカミのような存在だ。今回は、モルドバにとって厄介な存在である駐留ロシア軍にスポットを当てたい。

なぜ、招かざる客、ロシア軍が駐留するのか?

ロシア軍が「沿ドニエストル共和国」兵士に訓練を施している様子。同国に国境を接するウクライナは両国の接近を脅威に感じている。

モルドバが要請していないにも関わらず、モルドバ領内にある未承認国家「沿ドニエストル共和国」にはロシア駐留軍が未だに存在している。

なぜ、招かざる客であるロシア軍が他国の領内にズケズケと居座っているのだろうか。それには時計の針を1992年まで戻す必要がある。

1991年、モルドバはソビエト連邦から独立を果たしたが、スラブ系住民が多く居住するドニエストル東岸では「ソ連に残りたい!」という声が強かった。

彼らは、勝手に「沿ドニエストル共和国」という国を作った。1992年、これに怒ったモルドバは「沿ドニエストル共和国」に軍隊を投入、モルドバ側が勝利するかに思われた。

しかし、モルドバに立ちはだかったのが巨大な軍隊を持つロシアだった。

ロシアは「沿ドニエストル共和国」を応援し、「沿ドニエストル共和国」が有利な形で停戦となった。事実上、モルドバの敗北に終わったのである。

「沿ドニエストル共和国」にはモルドバ軍、沿ドニエストル共和国、ロシアの平和維持部隊が置かれることになった。

ところが、戦争で戦ったロシア軍は平和維持部隊とは別に「沿ドニエストル共和国」に居座った。

モルドバの「出て行け!」という声も掛け声倒れ

Anatol Şalaru

ロシア軍撤退を訴えたAnatol Şalaru元防衛相。親露派の大統領に更迭された。

モルドバは機会がある度に、駐留するロシア軍に「出て行け!」とロシアに訴えてきた。しかし、ロシアは全く耳を貸そうとはしていない。

直近では、7月にワルシャワで開催されたNATO首脳会談において、モルドバの防衛大臣は国際社会に対してこのように発表した。

1 ロシア軍の撤退と現行の平和維持部隊を多国籍部隊に変える、2 NATOの軍事演習をモルドバ領内で行う。

このような、モルドバの脅しにロシアは完全に受け流している。ロシアのスプートニクによると、モルドバはNATOの受け入れを考えていないし、具体的な議論にもなっていない、と述べている。

このニュースは国際社会でも全く話題にならず、アメリカ側のコメントもなかった。ウクライナで膠着状態が続いている今、敢えてロシアとトラブルになりそうな国に入りたくない、というのが本音だろう。

なお、この防衛大臣は昨年12月に登場した親露派のドドン大統領によって更迭された。ドドン大統領としてはモルドバの中立政策を進めるために、NATO重視派の防衛大臣を好ましく思わなかったのだろう。

ロシアと付き合わないといけない現実

沿ドニエストル共和国の博物館にあった展示品「ロシアと共に」

沿ドニエストル共和国の博物館にあった展示品「ロシアと共に」(筆者撮影)

ロシアがモルドバの脅しを受け流せる理由として、モルドバの経済的な立場がある。モルドバはエネルギーや経済面でロシアに大きく依存している。

そのため、ロシアは経済制裁をすれば、モルドバが立ち行かなくなることを十分に知っているのだろう。

むろん、生存のために、モルドバもロシアとの経済協力は欠かすことができない。

厄介な駐留軍が隣にあるにも関わらず、生存のために仲良く付き合わなければならない現実。磐石の安定感を誇るプーチン体制下ではこの構図は変わらないだろう。

お詫び(2017/1/25)

NATO首脳会談でロシア軍の撤退を訴えた元防衛相について、Viorel Cibotaru氏とその写真を掲載していましたが、

Anatol Şalaru氏の誤りでした。謹んでお詫びを申し上げます。(政治プレス新聞社 編集部)

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1987年生まれ。神戸市出身。神戸大学大学院国際文化学研究科修了(国際関係・比較政治論コース)。専門はユーゴスラビアといった中東欧の政治・国際関係。 民間企業に勤務後、3ヶ月間の中東欧でのバックパッカー体験を経て、2016年より独立。『Compathy Magazine』『TRIP’S』など複数のメディアで活躍中。

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