宮城・石巻から世界で活躍する髙田慎司さんにインタビュー

      2018/04/07

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宮城・石巻から世界で活躍する髙田慎司さんにインタビュー

東北から世界へ活躍する人々を紹介する第2弾!

今回は、宮城県石巻市の水産加工会社社長、髙田慎司さんをご紹介します。

東日本大震災で甚大な被害を受けた石巻。震災から7年を迎える現在も東北電力福島第一原発の汚染水漏れを理由とした韓国や中国による宮城県を含む8県に対する禁輸が続いています。昨季宮城県では約7600トンのホヤの処分を余儀なくされ、損失額はおよそ10億円にまで及びました。水産業が盛んなこのまちが活気を取り戻すべく、三陸の水産物を世界へアピールする、石巻の水産加工会社・株式会社ヤマナカの髙田慎司社長からお話を伺いました。

(以下、インタビュー)

(髙田慎司さん)

他業種から水産加工業へ

私は最初からこの業界にいたわけではなく、元々は保険業界で働いていました。バブル崩壊後、新規参入などで競争が激化したことで、安泰と言われていた保険業界であっても、体力なく業績が伸び悩むようなところはどんどん淘汰されていきました。

このような状況下で、これまでの努力が一瞬にして消えてしまう、いつどうなるか分からない不安定なままでいるよりも、自分がやりたいことに挑戦したいと考えるようになり、以前から興味のあった水産物の流通業を2007年から始め、2008年には現在の会社を立ち上げるに至りました。

私の出身が水産業の盛んな石巻ということと、宮城県はホヤの産地であったので、当時はホヤに関しては買産権がなく、自由に生産者から購入して販売することができたこともあり、ホヤを中心とした水産物の販売から始めました。このようにして、実績を積み重ね、ホタテやカキの買産権を取得し、これら3品を中心に販売する現在の形となりました。

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「何か行動を起こそう」震災後2か月での営業再開

事業が順調に進んでいる中で2011年3月11日の東日本大震災を迎え、私たちの工場は大規模損壊し、私も従業員も命からがら避難しました。震災直後は毎日生きることに必死でしたが、しばらく経つとこれからのことを考えるようになりました。従業員と話し合い、何かをしていないと気が紛れないし、とにかく何か行動を起こそうということで、まずは損壊した工場を自分たちで直すところから始めました。

三陸の水産物はもちろん、養殖施設もやられてしまったので、韓国へ輸出したホヤを買い戻すなど、韓国のパートナーにも協力して頂き、震災から2か月後の2011年5月には営業を再開することができました。石巻エリアでは最も早かったと思います。

そして、他の方々がなかなか再開することができていない中で、営業再開しているところがあるということを聞きつけた方々から連絡を頂き、互いに協力してこれまでやったことのないような様々な仕事をしました。

やはり、悶々として何もしないより、何かしら動いていれば情報をキャッチできる、積極的に行動することが最も大切であるというのを実感しました。

また、ショックを受けている漁師の方々を勇気づけるため、各方面の生産者の方々のところを回り、励まし合いながらお互いの1年後の生産再開を目指しました。

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