北朝鮮国境のまち・中国 丹東市「新鴨緑江大橋」からみた中朝関係

   

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新鴨緑江大橋(Photo by Ajew)

新鴨緑江大橋(Photo by Ajew)

「新鴨緑江大橋は『国家十二五計画』(第十二次五カ年計画)の重点プロジェクトであり、完成した後中国の対北貿易の最大なハブとなる」

中朝辺境にある中国東北地方最大の都市・丹東市は、こう宣伝した。しかし、今見たように、新しいできた橋は起用されていないだけではなく、北朝鮮側の橋作りすら始まっていない。鴨緑江の向こう側は、延々と続く畑しか見えなかった。今の中朝関係も、この橋のように停滞あるいは後退している。「血の友誼」はどこで見えるのだろうか?今回の記事は、中国東北部と北朝鮮のつながりから、今の中朝関係の一側面を紹介する。

中国と北朝鮮の「血の友諠」とは

中朝関係は長年、「血の友誼」として訴えられ続けてきたが、習近平政権の発足後、国連の制裁の実行にめぐる中朝関係が益々「血の友誼」の正反対に向かっていくことは確かである。現代政治だけではなく、これまでの中朝関係史の分野でも、イデオロギーの要素が強い「中朝関係」の再検討が始まっている。

しかし、中国が国策とする「東北旧工業基地振興政策」は、「血の友誼」の一つの側面を内包している。「血の友誼」とは、「中国と北朝鮮は共に『社会主義国家』であり、「昔」を共有している」とする前提で、「中国自身の資本主義経済導入という『改革開放』は、北朝鮮にとっても模範となる効果があるため模範的な効用を持っているため、中国は北朝鮮の未来の行方を示している」とするものである。

自国の「改革開放」のモデルを勝手に北朝鮮に当てはめて、「経済発展により地域の安定を確保する」という一種の経済原理主義の認識を、未来の北朝鮮の動向の土台とみなして、自国の経済発展計画を策定した。その産物のひとつが、今回紹介する丹東市の「新区」開発計画である。その中の最も代表的なものが、美しくできていながら建設が無期限延期となっている「新鴨緑江大橋」である。

衰退する中国・東北地方

丹東市

丹東市の街並み(photo from flickr by Azchael)

旧満州国の領域に相当する今の中国の東北地方は、伝統的な工業地域として中華人民共和国の社会主義建設の中で大きな役割を果たした。しかし、近年、経済システムの転換により、旧工業地域の発展は泥沼に入った。

最もその兆しが鮮明になったのは、2016年の遼寧省政府のGDP水増しだった(実態は-23%だった)。それは長年以来遼寧省の統計データの偽造と産業衰退の実情を赤裸々に世間に暴露するものだった。

しかしこれは氷山の一角に過ぎない。2006年から中央政府の「東北旧工業基地振興政策」を国策とし、その影響の下で遼寧省政府は「五点一線」政策を打ち出した。冒頭で述べた丹東市の「新鴨緑江大橋」はこの一連の政策の延長線上にある。

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丹東市の「予想の経済」

「新鴨緑江大橋」を代表としたのは、丹東市の「新区」の創出しようとする一連の開発計画である。経済打開策としての開発計画は「新鴨緑江大橋」を含めて、北朝鮮の2つのSEZs(Special Economic Zone: 経済特別区)との貿易連携、市政府の新区への遷移、関連インフラの整備、小中学校の建設など、現地に大量な人的資源と財政的な支援を投入した。以下の図表のように、その新区の特徴は全部新鴨緑沿岸にあることで、北朝鮮との連携はこの「新区」の重要な狙いである。しかし、見たように新しい大橋は稼働できなくて、「新区」で大きな期待を集めた北朝鮮の2つの特別経済区の建設もなかなか着手されていない。そのため、新区ではあまり景気改善の兆しが見えず、新区で不動産投資した現地の人々も大損害を被った。言うまでもなく、今の丹東市の「新区」は大失敗といってもよい。

この新区の建設計画はどうして失敗したか?理由は北朝鮮の協力がないからである。丹東市と対岸にある北朝鮮の新義州は、中国と北朝鮮の最も重要な貿易交流の拠点である。東北地方の経済状況を活発化させようとしたら、まず丹東市から着手するのは自然のように思う。それに加えて、北朝鮮の閉鎖された状態は、中国の資本家にとって絶好の「フロンティア」であるため、衰退する東北地方経済の打開の期待の一部を北朝鮮に押し付けた。しかし、2014年、北朝鮮側は新しい橋の開通を拒否し、2つの特別経済区の建設も止めた。原因はまだ不明だが、筆者が2016年に丹東市に行った時、現地の住民から知らされたのは、北朝鮮は新義州から平壌まで繋がる高速道路を中国に建設してもらいたいため、大橋の開通を交渉の切り札として中国と取引しようとしたということだ。中国から無事高速道路建設への協力を得た北朝鮮は、丹東市の「新区」建設を泥沼化させた。結局、丹東市の「新区」建設は、合理的な枠を越え、根拠の  根拠のない未来を予測した一種の「予想の経済」に過ぎなくなった。

中朝関係の「昔」と「今」のズレ

中朝関係を「血の友誼」と想定すれば、向こう側は必ず協力してくれるはずであったが、現実は必ずそうでもない。それに加えて、益々加速している中国の愛国主義教育は朝鮮戦争を「抗米援朝」とみなすもので、1953年以来の中朝関係は非近代的な家父長制な要素と「反帝国主義」の意味合いを内包している。そのため、「昔」の「兄弟」と「今」の経済相手の間の認識のズレは避けられないものとなって、中朝関係の矛盾の側面もここで見えてくるのであろう。

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高 暁彦 (ガオ シャオイェン)
高 暁彦(ガオ シャオイェン)。1994年中国・四川省生まれ。上海華東師範大学政治学部卒業(法学学士)、現在は東北大学大学院法学研究科在学中(修士1年生)。専門は中国政治・中国政治史。

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