北朝鮮の資産家たち 「ピョンハッタン」に住まうトンジュの誕生

   

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 最近のピョンヤンは「ピョンハッタン」と呼ばれてきた。「ピョンハッタン」は、ピョンヤンと世界の資本主義の中心地であるマンハッタンの組み合わせである。確かに、最近の北朝鮮は、資本主義の色が益々濃くなりつつある。町で歩いている若者たちは、日本の若者と同じように、H&M、GAPなどの服を着はじめた。しかし、すべての若者はこんな服を着るわけではない。彼らは、「トンジュ」と呼ぶ北朝鮮国内で形成しつつある新たな資産家階層の一員である。今週の記事は、北朝鮮の「トンジュ」のことを紹介する。

 

北朝鮮の経済改革

 

 2009年に六か国協議から離脱し、核開発で実権を強く握っている北朝鮮だが、実は経済改革も強固に推進している。農業の分野において2013年から、北朝鮮は「5・30」「6・28」という2つの農業改革政策を打ち出して、農作物の国内での自給自足へ舵を切っている。その改革の内容とは、強制的な農業集団化をやめること、農産物の買い上げをやわらげることの2つであった。その改革の影響を受けて、農作物の収穫高が2013年から3年連続増加することが達成されたことは確かである。外国からの制裁に影響されやすいながらも、北朝鮮の農業生産量はある程度の自給自足ができるようになり、人民の生活は改善されたとも言える。生活の改善に伴い、消費能力も向上した。
 もう1つ留意すべき点がある。北朝鮮の指導部による、末端レベルの自由市場への態度が密かに変わっている。2000年代の北朝鮮指導部は、自由市場に「容認」という姿勢を取ったが、2010年に入ると、自由市場への態度は「奨励」に転換した。この態度の変化は、北朝鮮の基本路線の転換に関わっている。すべてにおいて軍事を優先させる「先軍政治」が広く知られている一方で、2016年から新たに「並進路線」政策が鼓吹されてきた。「並進路線」とは、核保有を辞めない一方で、経済発展にも力を入れるというもので、経済と軍事の同時発展を図る意欲を鮮明に示したものである。その政策の元で、昔から「闇市」と呼ばれてきた自由市場が合法化されただけでなく、奨励されるに至った。

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トンジュの誕生

 しかし、国連の制裁がある限り、国内市場は自らの限界がある。つまり、多くの必要品を中国から輸入しなければならず、石炭と石油の貿易も中国に大きく依存しているため、北朝鮮と中国の経済活動は頻度に行われている。両国の経済交流は2010年以降、急激に盛んになりつつあった。膨大な貿易量に直面して、全ての活動を国を管理することが不可能であるため、2010年に入ると、国営企業を支配する非公式の資産家階層が国家の貿易独占から分離し、国家から免許を貰った形で貿易活動を展開しはじめた。彼らは、国家の必要品を輸入する際に、炊飯器、テレビなど大量な生活用品も中国から購入した。
 前に説明したように、自由市場が既に合法化され、人民も農業改革のおかげで生活が改善し一定の消費能力を備えるに至った。この二つの条件が同時に成立し、北朝鮮に流入した中国製の生活必需品の需要が生まれた。その国内市場に通じて、非公式の資産家階層は商品の価格差を利用して短期的に売上をあげることができた。
 非公式の資産家階層の貿易活動は北朝鮮社会を変化させつつあった。北朝鮮の指導部はこれを気づいて、彼らの貿易活動に対して意外にもポジティブな姿勢を示したのである。2012・2014年の2回にわたって、国営企業への「利潤分配制度」の改革により、非公式の資産家階層により多くの自主権を与えて、非公式の資産家階層の富裕化に拍車をかけた。
 大量の富を持っている彼らが、冒頭で提示した「トンジュ」と呼ばれる存在なのである。

参考文献:
Smith, Hazel. North Korea: markets and military rule. Cambridge University Press, 2015.
Kevin Gray, Jong-Woon Lee. (2017) The Rescaling of the Chinese State and Sino-North Korean Relations: Beyond State-Centrism. Journal of Contemporary Asia 0:0, pages 1-20.

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高 暁彦 (ガオ シャオイェン)
高 暁彦(ガオ シャオイェン)。1994年中国・四川省生まれ。上海華東師範大学政治学部卒業(法学学士)、現在は東北大学大学院法学研究科在学中(修士1年生)。専門は中国政治・中国政治史。

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