国家主席の思想で中国の何が変わるのか

   

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先の中国共産党第十九回党大会では、「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義」が党規約に明記された。いわゆる「習近平思想」だ。中華人民共和国の過去の政権でも、それぞれの国家主席が発表した思想や理論がある。これらの思想の中身は、一読すると何を言っているのか理解できない所が多々あるが、私たちがここ20年以上みてきた中国のすさまじい発展と成長に密接なかかわりを持っている。今回は、中国が「成長一直線」だった2000年代以降における国家主席の思想・理論と社会経済発展の関係について簡潔に紹介する。

江沢民政権「三つの代表論」と資本主義と社会主義の矛盾解決、「資本家共産党員」の誕生

江沢民派閥の根拠地ともなっている上海の摩天楼写真江沢民派閥の根拠地ともなっている上海の摩天楼写真

江沢民派閥の根拠地ともなっている上海の摩天楼写真

2000年に発表された江沢民政権の「三つの代表論」では、中国共産党が「先進的な生産力」、「先進的な文化」、「最も広範な人民の根本的利益」の三つを代表することが明らかになった。どういうことなのか。

改革開放政策推進の下、元々社会主義を主張していた中国共産党および中華人民共和国に資本主義を認めるという矛盾が生じていた。この矛盾を肯定するために提示されたのが「三つの代表論」といっていい。これをきっかけに本来労働者・農民が治めているはずの社会主義国家において私営企業家も資本家も共産党に入党できるようになったのだ。

これにはもちろん中国共産党内において強い反発もあったといわれるが、この思想の発表を受けて表立った金稼ぎができるようになった既得権益層の共産党員はその構成員9000万人の中にかなり多くいる。無論、法律や制度が整備されてない状態で、共産党の圧倒的優位な資本主義レースの開始は、党員の中に社会に再分配せず不正に富をため込むという深刻な腐敗問題を増やすことになった。こうしてでてきた党員や企業家の莫大な汚職を現政権の習近平政権は取り締まっているのである(他方で権力闘争としての反腐敗闘争の側面もある)。さらに、この不均衡なレースが過熱していった結果、都市と農村の間、労働者と資本家の間で、巨大な格差が生まれることとなった。

胡錦濤政権「調和のとれた社会」と格差対策、失敗

「三つの代表論」の発表などによる中央政府の方向転換は、4億人の都市が潤い、9億人の住む農村が乾く、といった状況を生み出した(所得分配の不平等さの指標であるジニ係数は、中国政府、国家統計局の発表するものでも0.46前後。0.4以上だと社会が騒乱状態で、0.5以上であれば慢性的暴動が起こっている状態。実際、中国の集団暴動件数は政府発表で近年8~10万とされている)。上海などの巨大都市でみられる摩天楼は、このような背景があってこそ短期間のうちに造ることができたのである。

この中国の社会格差の深刻化を受けて、胡錦濤政権では「調和のとれた社会」を提唱して、格差是正策を講じたのであった。胡錦濤政権下ではこの思想的考え方の下、農業税の廃止や社会保障制度の整備などを進めていき、富の再分配を行おうとした。

しかし結果的に言えば、農業税の廃止は郷・鎮政府(農村地方政府)は、財政難となった。さらに社会保障制度は都市戸籍を持つ人々と比べてもかなり低い程度にしか向上しなかった。また、富をため込んでいる問題の既得権益層である共産党員や企業家から、末端社会までの十分な再分配構造もできなかったのである。

その反面、こういった現状を、当時多くのソーシャルネットワークで不特定多数の人が指摘し議論になることが多かったが、議論が拡散されるとすぐさま政府はネット規制をかけたのである。よく、政府によるそういった規制を指して中国のネット社会では「これが調和」と揶揄された。

中国 農村

胡錦濤政権下の格差是正のための「社会主義農村建設」できれいに整備された農村 住民はほぼ高齢者しかおらず、若者はみな住んでいない。また、行政機関も建物はあるものの中に人はいない。

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「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義」で何が変わる

結論を言えば、特に変わることはない。むしろ、これまでの路線を強調し後退したといえる。

現在の中国社会は経済発展との成長率が鈍化してきている中で、今後これまで以上の速度での成長が見込めない。それはすなわち、社会内部での大きな格差を縮めることが今まで以上に困難になることを意味する。今回の党大会では、その具体的な策が講じられる代わりに、上記に見たような実態のない社会主義や、チャイナドリームといったナショナリズムに重きが置かれ、「精神的発展」が強調された。これはすなわち、今バラバラで荒れている中国社会を共産党主導の下でまとめるために頼れるものが、実際の経済発展や国内の格差是正といった具体的な成果ではなく、歴史・文化への懐古だったり、「愛国」思想だったりするということを意味している。

そして、現政権がそのためにイデオロギー統制やプロパガンダ政策を重要視していることは、今回の党大会の人事をみているとよくわかる。例えば中国共産党トップ7人の政治局常務委員には、上記の「三つの代表論」や「チャイナドリーム」の思想を中心となって造り出してきた王滬寧(おうこねい)が入り、同じくチャイナセブンでイデオロギー思想の拡散を担当とする中央宣伝部長には黄坤明(こうしんめい)という習近平の浙江省時代の部下がついている。また、先月中旬に党大会後初めて閣僚級で失脚した魯煒(るい)は、思想統制の重要ツールであるインターネットを管理する国家インターネット情報弁公室の元責任者であった。権力をほしいままにしていた魯煒では、「精神的発展」の指導に支障が出ると判断されたのだろう。

このような愛国主義やチャイナドリームといったナショナリズムや「思想」を使った「精神的発展」は、社会主義と資本主義共存という矛盾をカモフラージュするために江沢民時代から強調されるようになったものであり、中国において今後も安定的に経済成長して中国国民全員が物質的に豊かになるという安心感がなくなった今こそ習近平政権は「本腰を入れて」取り組んでいっている。

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橋本 誠浩
橋本 誠浩(はしもと ともひろ) 東北大学法学部法学科卒業(法学学士)、浙江大学公共管理学院AFLSP2015(公共管理修士)修了。専門は、中国政治。特に現代都市社会について政治学の観点から分析を行っている。中国で3年過ごし、現在仙台を拠点に研究活動を継続。

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