日本の安全保障と核シェアリング論

   

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米ニューヨークで開かれた国連総会で「必要なのは対話ではなく、圧力だ」と演説する安倍首相。(出典:安倍晋三Facebook)

米ニューヨークで開かれた国連総会で「必要なのは対話ではなく、圧力だ」と演説する安倍首相。(出典:安倍晋三Facebook)

日本を取り巻く安全保障環境は厳しさを増しているが、この言葉は、メディアや政治家、役人、学者などが長年使用している言葉であることから、決して目新しいものではない。しかし、米国のパワーの相対的低下、トランプ政権の不確実性、中朝関係の停滞などと関連する北朝鮮の暴走的行動は、近年にないレベルで極東の安全保障環境を悪化させている。

米国の一部からも聞かれる核容認論

昨今、「北朝鮮が再びミサイルを発射する → 日米韓が非難する → 日米韓が安保理などで制裁強化を試みる → 中露が反対し、北朝鮮に隙を与える → 北朝鮮が再びミサイルを発射する」といった形の政治的サイクルが常態化しているように感じられる。そして、このサイクルの繰り返しと時間の経過は、それだけ北朝鮮に有利な環境を与えており(おそらく大国間の軍事バランスという観点からは中国やロシアにも)、北朝鮮の核保有を事実上認めざるを得なくなってきていると筆者は危機感を持っている。
この北朝鮮の核を事実上認めざるを得ないという見解は、米国の高官や専門家からも一部聞かれるようになっており、そうなった場合における日本の政策議論も、今では決して非現実的ではなくなってきている。

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核保有国北朝鮮が与える影響

では、仮に核保有国北朝鮮となった場合(既にそうであるともいえるが)、極東アジアでは何が起こるのだろうか。まず考えられるのは、韓国内での核武装論である。既に1991年の朝鮮半島非核化宣言を見直して、米国の核を再び配備すべきとの意見も韓国内では強くなってきており、北朝鮮の核の脅威がより直接的となればその声はさらに高まるだろう。

そして次に考えられるのが、日本と核の議論である。広島出身である筆者の周りには、小さい時から多くの被爆者の方々がいたことから、その悲惨さは十分に分かっており、日本の主体的な核武装にはNoの考えだ。核に対する日本人の考え方、核武装に伴う政治、安全保障上のリスクを考えると、政策としては有効な手段ではない。しかし、北朝鮮による核保有の脅威がより現実的になるのであれば、日本としてもそれに対応する手段を考える必要があろう。その1つとして、昨今一部の安全保障専門家から聞かれる議論が、核シェアリング論だ。

オプションの1つとしての核シェアリング論

これは日本が独自に核による武装を行うのではなく、同盟国である米国の核の一部を、在日米軍に配備させる、もしくはその一定の役割を自衛隊が担うことによって、安全保障上のバランスを保つという選択肢であり、事実上、非核三原則の“持ち込ませず”の部分の変更を迫るものである。当然のことながら、これも大きな国論になるが、極東アジアの軍事バランスの変化、日米関係の行方などを考慮し、このオプションについても考えていく必要性は増してきているだろう。そして何より、日本人の安全保障についての意識向上が求められる。
(なお本論考は、米国などが軍事オプションを踏まないという選択肢の中で執筆したものである)

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和田 大樹(わだ・だいじゅ)オオコシセキュリティコンサルタンツ シニアアナリスト兼アドバイザー/清和大学講師。国際政治学や安全保障論を専門とし、国際テロ分野においてアカデミアを中心に、シンクタンク、コンサルティング会社など幅広く活躍。2014年5月に主任研究員を務める日本安全保障・危機管理学会から奨励賞を受賞。著書に『テロ・誘拐・脅迫 海外リスクの実態と対策』(2015年7月 同文舘出版)など。

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