【特集】日米外交と沖縄の米軍基地(福島大・黒崎准教授)

   

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故・翁長雄志氏の後継として玉城デニー新知事が誕生した沖縄は、今も在沖米軍基地の問題をめぐって揺れ続けている。基地問題はどのようにして生まれ、また日本政府はどのようなかじ取りをするべきなのか。戦後・日米外交史に詳しい福島大学・黒崎輝(くろさき あきら)准教授に聞いた。
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戦後・日米外交の中の在沖米軍基地

戦後・日本外交の特徴は、一貫してアメリカとの関係を重視してきたことだ。

敗戦の占領期を経て、アメリカと安全保障面での協力関係を結んだ日本。

憲法9条下で国防面での制約がある中、アメリカの「核の傘」に依存しながら西側諸国と協調していく。

これが冷戦時代に確立された日本外交の基本スタンスであり、冷戦後も大きな変化はなかった。

一方のアメリカも、自国の安全保障という観点から、日本をアジア太平洋における重要なパートナーとして位置づけ、その関係を維持してきた。

 

アメリカが日本に期待したことは何だったのか。

最も重視したのはアメリカへの基地の提供であり、そのために日本は財政的支援(「思いやり予算」)も行ってきた。

冷戦時代には自国を防衛する力を持つことに加え、アジアにおける反共政権の国々に対する経済援助という形でアメリカの冷戦戦略に貢献することも求められた。

つまり、アメリカを補完する役割だ。

沖縄の米軍基地は、そのような日米関係を象徴するものと言えるだろう。

日米外交の根底にあるもの

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戦後、安全保障面での日米協力は「物と人との協力」によって始まったと言われる。

アメリカは自国の若者(人)が犠牲になっても日本の防衛に協力する。

その代わりに日本はアメリカに基地を提供し、金も出す。

これは、形式的には対等な主権国家同士の協力関係ではあるが、同時に釣り合いの取れない「非対称」な協力関係でもある。

日米関係における「非対称性」(ものとものとが互いに対応せず、釣り合っていないこと)に留意することが、戦後の日米外交を理解する上で重要だ。その非対称性には大別して二つの面がある。

1つは「力」の非対称性。

アメリカは戦後、世界最大の軍事・経済大国であり続けた。特に軍事面では突出した力を持ち、それは世界におけるアメリカの大きな影響力の源泉になってきた。

一方、敗戦国として出発した日本は、「軽武装・経済重視」の方針を採用し、防衛力を整備しつつ、経済的繁栄を追求した。その結果、日本は経済大国になったが、その軍事的な能力・行動には憲法9条の下で制約が加えられてきた。

軍事・経済両面での「力」の差(非対称性)は、戦後から現在まで解消されていない。

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もう1つは「関係」の非対称性だ。

アメリカは強大な軍事・経済力を背景に、国際秩序を維持しようとする意志を持つグローバル・パワーであり、世界各地の多くの国々と同盟関係を結んできた。

アメリカにとっての日本は、アジア太平洋地域において最も重要な同盟国ではあるが、あくまでも「One of them」、多くの同盟国のうちの1つに過ぎない。

一方、日本にとってはアメリカが唯一の同盟国だ。

周辺国との関係が不安定なこともあり、どうしてもアメリカ頼みにならざるを得ない。

日本を相対的に見るアメリカ、アメリカを絶対視する日本、ここに「関係」における非対称性がある。

これらの二重の非対称性が、戦後の日本外交を拘束した根本的な要因のひとつだ。

 

さらに、在沖米軍基地をめぐっては「中央と地方」(東京と沖縄)という構図(非対称な関係)が加わる。

「基地負担の軽減」という沖縄の政治的要求が実現しにくい根底には、このような日米関係の構造的要因があると考えている。

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