仙台市に聞く、羽生選手パレード実現の舞台裏と交流人口拡大戦略

      2018/06/12

スポンサーリンク

2月17日の平昌五輪男子フィギュアスケート決勝において、羽生結弦選手が男子としては66年ぶりとなる連覇を達成した。羽生選手の故郷・仙台市ではその功績を讃え、祝福するパレードが4月22日に開催された。少し早い初夏の訪れを感じさせる杜の都には、約10万8000人の参加者が一堂に会し観衆が集まり、羽生選手を祝福した。本記事では仙台市スポーツ振興課 へのインタビューを通じ、その舞台裏と、仙台市の今後の交流人口拡大に向けた戦略を聞いた。

優勝のその瞬間から、パレードへの準備は始まった

パレード実施に向けての準備は、2月17日の金メダル獲得の瞬間から既に始まっていたという。2月17日当日、仙台市では市内2か所でパブリック・ビューイングが行われていたが、仙台市では羽生選手連覇の瞬間を見届けてからすぐに、宮城県や県スケート連盟とのパレード実施にむけての検討が始まった。

今や国民的存在となった羽生選手。パレードも前回を上回る人出が予想され、コースの延長が検討された。また、宮城県で行われる2020年の東京オリンピック予選に備え、学生を中心としたボランティアの募集や、東北絆まつりの関係者の参加など、2020年のオリンピックを視野に入れた試みの調整も急ピッチで進められた。

「羽生選手のために」関係各所・市民が一丸に

10万人を超す観衆の前に姿を現した羽生選手(写真:編集部)

「私ども市や県だけではなく、宮城県警など、各関係機関の初動も早かったです」と当時を振り返るのは仙台市スポーツ振興課の横山係長だ。通常、県警は所轄単位で警備・交通安全対策などを実施することが多いが、羽生選手のこの日のパレードのために、県警も部署や所轄を横断して安全対策を講じてくれたという。

また、仙台のメインストリート・東二番丁通りの企業や地元商店街の協力も厚く、10万人超が訪れる中、トイレの使用もなんら問題にならなかったという。各大学に募集したボランティアも、募集からわずか2週間で想定以上の人数が集まった。新しい試みもある中で、関係各所や市民が一丸となってパレードの成功へ突き進んだ。

スポンサーリンク

1 2

 - 宮城からの発信, 東北からの発信