ハンガリーは大国だった!大国意識が見え隠れするハンガリー

   

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今回はハンガリーの歴史に触れてみたい。今でこそ、ハンガリーは中欧にある一共和国だが、かつてはオーストリアと肩を並べる「大国」であった。現在のハンガリーの政治は過去の「大国」の歴史が背景にあるのではないだろうか。それでは、知られざるハンガリーの歴史をチェックしてみよう。

クロアチアの一部もルーマニア西部もハンガリー

旧ハンガリー領、ルーマニアのティミショアラ

旧ハンガリー領、ルーマニアのティミショアラ

現在、ハンガリーは中欧の一共和国だ。国土面積も近隣のチェコやオーストリアと変わらない。しかし、第一次世界大戦までハンガリーはオーストリアと肩を並べる「大国」であった。

ハンガリーの存在感を増したのが、1867年にオーストリア帝国とハンガリー王国で結ばれた協定「アウスグライヒ」だ。この協定により、オーストリアとハンガリーの二重帝国が実現した。この協定により、ハンガリーは内政の支配権を確立。ドイツ人以外の諸民族より優位な立場になった。

現在と比較すると、当時のハンガリーの領土は格段に広かった。現在のルーマニア西部(トランシルバニア地方)、スロバキアの一部、クロアチアの一部(スラヴォニア地方からザグレブ)はハンガリー領だった。もちろん、ハンガリー領内にはスラブ系をはじめとする諸民族が住んでいた。ハンガリーは民族運動を適度に抑えながら統治した。

しかし、20世紀に入ると、ハンガリーは戦争に翻弄された。第一次世界大戦、第二次世界大戦共にハンガリーは敗戦国になった。敗戦と共にハンガリーの領土は縮小し現在の姿となった。その結果、ハンガリー国外に多くのハンガリー系住民を残す結果となった。

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大国意識がチラホラ垣間見られるハンガリー

 

ブダペストにある王宮

ブダペストにある王宮

現在のハンガリーは軍事力を持ってかつての国土を奪取する、そのような考えは全くない。しかし、よくよくハンガリーを観察すると、かつての「大国意識」が垣間見られる。

それが顕著に現れたのが2001年に議会で可決された「在外ハンガリー人地位法」である。この法律は2004年にハンガリーがEUに加盟することに備えて、隣国のハンガリー系住民に対し、様々な便宜を図るものだった。例えば、ハンガリー人の身分証明書の発行やハンガリー国内における交通費の割引きが挙げられる。この法律に対し、隣国(スロバキア、ルーマニア)の政府は反発を強めた。結果的に、双方が妥結することでこの問題は片付いた。

近年、ハンガリーはEU加盟国ながら独自路線が目立っている。長年、ハンガリーに住んでいる日本人に言わせると「ハンガリーの大国意識が背景にある」という。直接的ではないが、現在でもハンガリーの政治に「大国意識」が背景にあるのだろう。ハンガリーの動きを見る際は、かつての歴史を知っておく必要がある。

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1987年生まれ。神戸市出身。神戸大学大学院国際文化学研究科修了(国際関係・比較政治論コース)。専門はユーゴスラビアといった中東欧の政治・国際関係。 民間企業に勤務後、3ヶ月間の中東欧でのバックパッカー体験を経て、2016年より独立。『Compathy Magazine』『TRIP’S』など複数のメディアで活躍中。

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