安田さんの解放と自己責任論

      2018/11/01

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10月23日夜、日本に大きなニュースが飛び込んできた。2015年6月にシリアで武装勢力に拘束された安田純平さんが解放されたのだ。それ以降、日本国内では「自己責任論」が大きな話題となり、その是非について有識者や著名人から多くの意見が出た。これについては、国際政治・安全保障研究者として、ジャーナリストの職務とその重要性について敬意と尊敬の念を持つべきだと強く思う一方、当時のシリアの状況、またシリアへ入る方法や事前の安全対策などを考えると、自らの責任と言われても仕方がない部分もあるだろう。シリアに入国してすぐに拘束されたということからは、当時武装勢力の影響力は強く、内戦がひどい状況にあったことは想像に難くない。また過去に幾度も紛争地を訪れ、拘束された経験があるならば、当時のシリアの情勢、1人で入り込む危険性、また自らが拘束された場合におけるテロ組織への身代金支払いの恐れなど、安田さんほどのジャーナリストなら想像できたのではなかろうか。しかし、自己責任論については双方ともに納得できる部分があることから、これ以上の感情的な意見は控えたい。

安田さんを拘束した「Hurras al-Deen」とは

アルカイダが使用していた旗。

「Hurras al-Deen」が属するアルカイダが使用していた旗。

それより、筆者は2つの疑問を考える。まず、どういった組織によって解放されたのかだ。現在、筆者の手元には、最終的には「Hurras al-Deen」に拘束されていたとの情報を得ている(まだ分かっていないことも多い)。
Hurras al-Deen はアルカイダへの忠誠を示す組織で、イスラム過激派の動向を監視する機関「SITE(サイト・インテリジェンス)」に挙げられる声明を分析していくと、同じくアルカイダ系でシリア内戦において主要な反政府勢力であるHTS(ハヤート・タハリール・シャーム)よりアルカイダへの忠誠度が強い傾向が見られる。Hurras al-Deenにはアフガニスタンやイラクでのジハード戦線に参加した者、また、イランでオサマ・ビンラディンの息子であるハムザ・ビンラディンとともに拘束されていた者など外国人の戦闘員が多く含まれ、掲げるイデオロギーは、シリア内戦という枠内で収まり切るようものではない。中東における欧米の影響力を排斥し、世俗的、権威主義的なイスラム政府を打倒し、イスラム教徒に選ばれたカリフを頂点とするシャリーアによるイスラム国家の建設を目的とするサラフィ・ジハード主義への傾斜が強く感じられる。

また、帰国した安田さんが“地獄のようだった”というように、証言を聞いている限り、他の者に居場所が分からないように、ウマル、韓国人などと嘘の証言を強要されていた可能性が高い。逆に、拘束グループも自らの居場所を知られたくない、発見されたくないと思っていたに違いない。そういったところから推測すると、拘束組織は軍事的な劣勢にあるだけでなく、実効支配地域を持っていないほど小規模な勢力であり、常に攻撃される危険にあった可能性がある。

よって、拘束組織にとっての敵は単にアサド政権のみではなかったように感じられる。もし仮に安田さんが拘束されていたのがカタールやトルコといった周辺国に支援を受けている組織であったならば、今回の解放に当たって3億円がキーポイントではなく、もっと早く解放されていただろう。拘束組織は、米国やロシア、サウジアラビアやトルコなどからも支援を受けておらず、外形的にはイスラム国(IS)のように周辺勢力の殆どが敵となっているような組織だったと考えられないだろうか。

カタール身代金支払いによる今後の日本人の危機管理への影響

2つ目の疑問は、危機管理的なものである。今回、在英のシリア人権監視団がカタールによって身代金を支払ったと報じた。これについての真偽もあいまいであるが、筆者は身代金を支払いの有無に関係なく、カタールの身代金が日本人を解放したとする報道や噂が大きくなると、今後の海外邦人の保護という視点において、1つのリスクを創出することになると考える。すなわち、ネットやSNSを使用する世界人口が増加する現代社会において、他のイスラム過激派やテロ組織、一般犯罪組織などが、「日本人を拘束すればカタールがお金を支払う、日本人を拘束すれば金が手に入る」などと勝手に思い込み、あえて日本人を誘拐しようと考えるかもしれない。日本政府は身代金を支払っていないと正しい選択肢をとっているが、シリア人権監視団がそう報じることで世界中のメディアがそれを大々的に報じ、海外邦人にとってのリスクとなる恐れがある。筆者はそれを懸念している。

和田 大樹(わだ・だいじゅ)オオコシセキュリティコンサルタンツ シニアアナリスト兼アドバイザー/清和大学講師。国際政治学や安全保障論を専門とし、国際テロ分野においてアカデミアを中心に、シンクタンク、コンサルティング会社など幅広く活躍。2014年5月に主任研究員を務める日本安全保障・危機管理学会から奨励賞を受賞。著書に『テロ・誘拐・脅迫 海外リスクの実態と対策』(2015年7月 同文舘出版)など。

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