【特集】「野党共闘」を検証する ‐ 自由党岩手県連 ‐

      2017/03/28

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(2016年6月28日、盛岡市内で「4野党合同街頭演説」が行われた)

(2016年6月28日、盛岡市内で行われた4野党合同街頭演説。出典:Twitter)

 

【特集】「野党共闘」を検証する ‐ 自由党岩手県連 ‐

今年7月に行われた第24回参議院議員通常選挙。

憲政史上初めて、「野党共闘」による国政選挙が戦われた。

結果、全国32ある1人区のうち、11か所で「野党統一候補」が勝利。

その中でも、6県のうち5県で「野党統一候補」が勝利した東北地方は、全国でも際立つ存在となった。

歴史的な選挙となった先の参院選において、「野党共闘」の当事者は、どのような思いを抱きながら選挙を戦ったのか。

関係者への取材から、参院選における「野党共闘」の裏側を探る。

今回、自由党岩手県連幹事長・佐々木順一(ささき・じゅんいち)岩手県議から話を聞いた。

※ 第24回参議院議員通常選挙・岩手県選挙区では、無所属・木戸口英司氏(328,555票)が当選。自民党・田中真一氏(252,767票)、幸福実現党・石川幹子氏(34,593票)が落選した。

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佐々木 順一

佐々木順一先生

東北学院大学法学部卒。

衆議院議員・小沢一郎秘書、岩手県知事増田寛也政務秘書を経て、平成11年の岩手県議選で初当選し、現在5期目。

民主党岩手県総支部連合会幹事長(連続4期)、国民の生活が第一岩手県総支部連合会幹事長、生活の党岩手県総支部連合会幹事長を歴任し、現在、自由党岩手県総支部連合会幹事長。

県議会では、岩手県議会東日本大震災津波復興特別委員会委員長などを務める。

岩手県稗貫郡石鳥谷町(現花巻市)出身、花巻市在住。

 

 岩手における野党共闘の契機となったのは?

(出典:Twitter)

(出典:Twitter)

 

野党共闘の背景と言うべきかどうかは分かりませんが、岩手県では従来から、反権力的な県民性と言うべきか、そういった土壌があると思います。

例えば、アテルイの時代や藤原文化(平泉文化)など、そういった歴史が岩手にはあるということです。

近年で言えば、小沢一郎先生(自由党代表・衆院議員、岩手4区選出)が自民党を離党して新生党を作ったこと、その後、新進党・自由党を経て、民主党時代に政権交代を実現した。

これも、見方を変えれば反権力です。

そういった土壌が岩手にはあったし、実際、衆院で見ても自民党寄りの議席は1つしかない(岩手2区・鈴木俊一氏)わけですから。

 

昨年7月の参院選に関して言えば、当時、主濱さん(元生活の党参院議員・主濱了、2016年4月勇退)が現職でしたから、自然な流れとして、主濱さんを野党統一候補とする共闘の流れがありました。

ところが、主濱さんが一身上の都合で勇退することになり、その方向性は白紙となります。

野党4党による協議の中では、民進さんが独自候補を推薦した一方、私ども(当時、生活の党)は主濱さんの意向を踏まえ、木戸口英司氏を指名しました。

私どもの考えとしては、やはり、木戸口氏が主濱さんの後継であって、そもそも生活の党の議席であったということが重要でした。

もう一度3党(民進党、共産党、社民党)に協力をお願いして、最終的には木戸口を野党統一候補とすることで合意が成立しました。

参院選に向けた4党協議は、主濱さんの勇退が発表されるまでの段階でも、私の記憶では5回ほど開催していました。

勇退発表の後も5回ほど開催していますから、木戸口に候補が一本化されるまで、都合10回くらいはやっていると思います。

 

全国的な野党共闘の流れをどう受け止めていたのか?

(2015年8月19日、野党5党の代表による共同記者会見。出典:Twitter)

(2015年8月19日、野党5党の代表による共同記者会見。現職・達増拓也知事の支援でまとまった。出典:Twitter)

 

(岩手では)抵抗がなかったと思いますよ、だから成立したわけです。

また、4党での選挙体制というか、4党協議がきちんと機能したということでしょう。

機能しなかったら、そもそも共闘自体が成立しないし、選挙で負けていたと思います。

基礎票で見ても、1党ごとでは勝てない計算でしたから。

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候補が一本化された後の共闘の進め方については?

(2016年4月18日、盛岡市内で行われた野党4党による記者会見。出典:http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201605/20160519_31005.html)

(2016年5月19日、盛岡市内で行われた野党4党による記者会見。出典:http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201605/20160519_31005.html)

 

選挙前、選挙期間中を含めて、我々(生活の党)が主体となって選挙の計画を作り、3党に協力を呼び掛けて、例えば党ごとに集会を持ってもらったり、合同でやる場合は各党に動員をお願いする、という形でした。

我々が中心となって木戸口選対を作り、その支援勢力として3党が勇軍として協力した、という構図です。

選挙戦は十数日しかないわけですから、どこかが責任を持って主体的に計画を作らないといけない。

例えば、その都度4党で集まって協議して決めるという形では、協議ばかりで実際の動きが進まないですから。

4党での活動なので我が党だけが突出するとダメなわけで、バランスを取ることは重要でしたが、結果として、4党による活動は十分に機能したと思っています。

 

告示日までの活動において、共闘の面での問題はあったのか?

当然、各党でそれぞれ体質も違うし、色々な違いは実際にあるわけです。

だけど、それを乗り越えることが重要なので、あまりこういう個別の話は差し控えたいと思います。

選挙は、勝つことが最も重要ですから。

 

一方、全国的に見て一定の選挙区では勝ちましたけれども、野党全体として参院の過半数を取ることはできなかった。

だから、もろ手を挙げて「勝った」とは言えないけれども、参院選での共闘によって次の選挙に向けた教訓は得られたと思います。

今現在、衆院選に向けても全国的に4党協議は機能していると思いますが、同時に「全体で勝つ」という意識が必要でしょう。

告示日直前の感触は?

各政党の基礎票で見て、野党4党で共闘すればデータ的には勝てるわけです。

我々としては、まず基礎票を掘り起こして、それに浮動票を乗せることを考えていました。

ただ、手を抜いてはダメですから、確実に票を起こしていかなければいけません。

理想的には、県民一人ひとりに訴えていく、候補者を見てもらうことが大事であって、物理的にそれが無理だとしても、そういった意識は持っていました。

変動要素としては、例えばTPP、安全保障法制に対する世論、あとは自民党・田中真一氏も2回目の挑戦だったので、同情票も入るわけです。

昨年の参院選の時点における与党側の状況として、安倍政権の失策も色々とあったのでしょうが、支持率で見ればマイナス点が「あるようでない」という状況だったと思います。

 

ただ、安全保障法制とTPPは安倍政権にとっての向かい風であって、我々の側には政策的な利点があったと言えるでしょう。

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