【特集】「野党共闘」を検証する ‐ 民進党岩手県連 ‐(上)

   

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(2016年6月28日、盛岡市内で「4野党合同街頭演説」が行われた)

(2016年6月28日、盛岡市内で行われた4野党合同街頭演説。出典:Twitter)

 

 

【特集】「野党共闘」を検証する ‐ 民進党岩手県連 ‐

今年7月に行われた第24回参議院議員通常選挙。

憲政史上初めて、「野党共闘」による国政選挙が戦われた。

結果、全国32ある1人区のうち、11か所で「野党統一候補」が勝利。

その中でも、6県のうち5県で「野党統一候補」が勝利した東北地方は、全国でも際立つ存在となった。

歴史的な選挙となった先の参院選において、「野党共闘」の当事者は、どのような思いを抱きながら選挙を戦ったのか。

関係者への取材から、参院選における「野党共闘」の裏側を探る。

今回、民進党岩手県連幹事長代理・佐々木朋和(ささき・ともかず)岩手県議から話を聞いた。

※ 第24回参議院議員通常選挙・岩手県選挙区では、無所属・木戸口英司氏(328,555票)が当選。自民党・田中真一氏(252,767票)、幸福実現党・石川幹子氏(34,593票)が落選した。

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佐々木 朋和(ささき・ともかず)

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岩手県立盛岡第一高校、法政大学法学部卒業。

「(有)げいび観光センター」常務取締役などを経て、2011年の県議選で初当選し、現在2期目。

民主党岩手県連では、幹事長代理、震災復興対策委員長、議会対策委員長などを務める。

岩手県一関市出身、同市在住。

 

 岩手における野党共闘の契機となったのは?

(出典:Twitter)

(出典:Twitter)

 

岩手の場合、民進党と自由党(昨年7月参院選の時点では「生活の党と山本太郎となかまたち」)が分かれた状況で、それぞれが一定の勢力を持っている、ということが大きな特徴点だと思います。

前提として、2012年に消費税の問題があって党が分裂し、その時の「しこり」が残ったまま、これまでずっとやってきたという経緯がありました。

 

昨年7月の参院選を迎えるにあたって、我々民進党としては、「与党を利するわけにはいかない」というのが、基本的なスタンスでした。

昨年春の段階では、現職の主濱了先生(元「生活の党」参院議員。昨年4月27日引退を表明)がおられる中でした。

党派は別ですが、主濱氏は我が党の黄川田徹(民進党衆院議員、岩手3区、県連代表)、階猛(民進党衆院議員、岩手1区、県連幹事長)の両国会議員とも関係が良好でした。

党同士では色々な感情がありながらも、主濱氏とは政策的な面での共通部分、また一議員としても経験が豊富であるということで、民進党岩手県連としては、「推薦云々の話は別にしても、主濱氏が出られるのであれば、対立候補を立てるということは控えよう」という方向性でした(※)。

(※)主濱氏を巡っては民進党、共産党、社民党、生活の各党が、野党統一候補として支援することで4月13日に合意していた。

ところが、参院選に出馬する意思を表明していた主濱氏が、急きょ、家庭の事情で出馬を取りやめ勇退する、ということになります。

これは大変だということで、野党の実務者で集まって「候補者をどうするか」という会議が持たれます。

我々は野党連携という言葉を使っていますが、この会議が参院選における野党共闘の第一歩となった、と認識しています。

 

2015年の岩手県知事選が共闘の先駆けとなったとも言われるが?

(2015年8月19日、野党5党の代表による共同記者会見。出典:Twitter)

(2015年8月19日、野党5党の代表による共同記者会見。現職・達増拓也知事の支援でまとまった。出典:Twitter)

 

現職の達増拓也知事が無投票で再選した岩手県知事選(2015年8月20日告示)が、岩手における野党共闘の走りと見る向きもありますが、我々の認識とは異なります。

正直、知事選の時は、我々民進党(当時、民主党)として、明確に「知事を推薦する」という形ではありませんでした。

野党の党首クラスが岩手に来て合同街宣をしたことなどもあって「共闘の枠組みができた」という話になったのだと思いますが、もともと知事は県民党という立場でしたし、現場レベルでは「知事選でがっちり共闘した」という認識はありません。

参院選における野党共闘の最初は、あくまで、主濱氏の引退を受けて始まった野党4党実務者による協議であって、文字通り、参院選を通じて形作られていったと捉えています。

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