「チェコ」は「チェコ」ではない? 知られざる外国語呼称の変更の話題から

   

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今回は中央ヨーロッパに位置するチェコ共和国の国名を取り上げる。一般的に、国内では「チェコ」という国名で知られているチェコ共和国。しかし、昨年の4月、チェコ政府は国名の国名呼称について声明を出した。それでは、国名にまつわる知られざるストーリーを解説する。

「チェコ」は「チェキア」に!

チェコ共和国を示す看板

チェコ共和国を示す看板

2016年4月14日、チェコ政府は国名の外国語呼称に関する声明を発表した。声明は現在の「チェコ共和国(Czech Republic)」から「チェキア(Czechia)」に変更してほしい、という内容だ。英語だと「Czechia」フランス語だと「Tchequie」になる。

それでは、なぜ国名の外国語呼称を変更するのであろうか。背景には現在の2単語(Czech Republic)から1単語(Czechia)に変更したい、という思いがある。現在の「Czech」は形容詞になるため、「Czech Republic」と表すのが慣例になっている。チェコ政府は「Czechia」をスポーツ大会やマーケティングなどのあらゆる場面で使われることを想定している。

しかし、2017年現在、「チェキア(Czechia)」という名称は世界的に広まっていない。チェコ国内でもロシア連邦チェチェン(Chechnya)共和国と混同されるのでは、という声も聞かれる。

国名に関する複雑な歴史

冷戦期の地図「Ceskoslovensko」とチェコ語で書かれている

冷戦期の地図「Ceskoslovensko」とチェコ語で書かれている

そもそも「チェコ共和国(Czech Republic)」という国名の歴史もそれほど長くはない。チェコの国名の歴史はとても複雑だ。チェコはスロバキアと共に1918年に独立した。その時の国名は「チェコスロバキア共和国(Czecoslovakia Republic)」であった。第二次世界大戦を経て、チェコスロバキアは社会主義国家となった。それに伴い、1960年に「チェコスロバキア社会主義共和国(Czecoslovakia Socialism Republic)」という長たらしい国名になった。

1980年代末の「ビロード革命」により、社会主義政権が崩壊。その際、国名に関する争い「ハイフン戦争」が起きた。連邦を組んでいたスロバキア側からハイフンの入った「チェコ-スロバキア(Czeco-Slovakia)」という国名が提案された。この提案に対しチェコ側は反発。「ハイフン戦争」と呼ばれるトラブルに発展した。1993年、チェコとスロバキアが分離独立することで「ハイフン戦争」は終結した。

なかなか、興味のつきないチェコの国名に関する歴史。今回の外国語呼称の変更はチェコの国名史に新たな1ページを残すのであろうか。

1987年生まれ。神戸市出身。神戸大学大学院国際文化学研究科修了(国際関係・比較政治論コース)。専門はユーゴスラビアといった中東欧の政治・国際関係。
民間企業に勤務後、3ヶ月間の中東欧でのバックパッカー体験を経て、2016年より独立。『Compathy Magazine』『TRIP’S』など複数のメディアで活躍中。

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