ドゥブロヴニクからわずか3時間でオリエンタルな雰囲気へ―ボスニア・ヘルツェゴビナ、モスタル

   

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クロアチアのドゥブロヴニクからバスで走ること3時間、ボスニア・ヘルツェゴビナ(以下略:ボスニア)のモスタルに着く。

ボスニアはヨーロッパで珍しいイスラームの国となっており、モスタルにもオリエンタルな雰囲気が漂う。今回は昨年の旅の経験に基づいて、ボスニア、モスタルの魅力を紹介したい。

そもそも、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モスタルとは

ボスニア 地図

日本の九州や北海道ほどの大きさのボスニア。首都はかつて「ヨーロッパの火薬庫」とも呼ばれたサラエヴォだ。

まず、モスタルを紹介する前にボスニアの概要を紹介したい。ボスニアはクロアチアとセルビアに囲まれている人口390万人の国だ。面積は九州より大きく北海道よりは小さい。

首都はオリンピックや紛争で知られているサラエヴォだ。

ボスニアでポイントとなるのは2つの主体だ。ボスニアは2つの主体、ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦とスルプスカ共和国で成り立っている。

ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦はボスニア人とクロアチア人で成り立っており、国土の51%を占める。一方、スルプスカ共和国はセルビア人が主導権を握っており、国土の49%を占める。

ボスニアのトップに当たる大統領評議会は3民族の代表者が8ヶ月交代の輪番制となっている。

なお、今回紹介するモスタルはボスニア・ヘルツェゴビナ連邦側に属し、ボスニア人とクロアチア人が住む。1990年代のボスニア紛争ではモスタルでも、ボスニア人とクロアチア人が争った。

スタリ・モストと美しいモスク

スタリ・モスト

世界遺産にも登録されたイスラム教のスタリ・モスト。オスマン朝統治下の際に建設された。

ところで、モスタルに住むボスニア人とクロアチア人との外見的な違いはないが、宗教が異なる。

ボスニア人はイスラーム教を信仰しているのに対し、クロアチア人はキリスト教のカトリックを信仰している。

宗教の差異はモスタルの町並みにも反映されている。その象徴が16世紀、オスマン朝統治下の際に建設されたスタリ・モストだ。

橋脚を用いずにアーチ状となっており、大変美しい橋だ。1990年代のボスニア紛争ではクロアチア側の攻撃を受けて、スタリ・モストは崩れ去った。

それでも、懸命な努力の結果、2004年に再建され、2005年に世界遺産に登録された。

ボスニア民族の象徴旗

ボスニア民族の象徴旗がはためく市街地。ヨーロッパには珍しい東方の香りが漂うイスラム教徒の国だ。

確かに、スタリ・モストは大変美しい橋であるが、スタリ・モストを境にボスニア人とクロアチア人の住み分けが徹底されている。

ボスニア人居住エリアにはモスクなどオリエンタルな雰囲気が漂っているのに対し、クロアチア人居住エリアには近代的なカトリック教会がそびえ立つ。

私がスタリ・モストを訪れた際は、橋の近くにボスニア人を象徴する旗が掲げられていた。ボスニアの正式な国旗は全くなかった。

どのような意図でそのような旗が掲げられていたかは不明だが、スタリモストが真の両民族の「和解の橋」になるには、もう少し時間がかかりそうだ。

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1987年生まれ。神戸市出身。神戸大学大学院国際文化学研究科修了(国際関係・比較政治論コース)。専門はユーゴスラビアといった中東欧の政治・国際関係。
民間企業に勤務後、3ヶ月間の中東欧でのバックパッカー体験を経て、2016年より独立。『Compathy Magazine』『TRIP’S』など複数のメディアで活躍中。

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