なくなった検閲。民主化が変えたメディア|誰も「報じない」ミャンマー

   

スポンサーリンク

【どうなる!?ミャンマー。民主化が変えた最後の「フロンティア」】

アウンサン・スーチー氏らが中心となり、民主化の第一歩を踏み出したミャンマー。

軍事政権からの民主化以降、人々の暮らしはどう変わってきたのでしょうか。また、民主化に伴い噴出したロヒンギャ族問題はどのような趨勢を辿っていくのでしょうか。

現地メディアは現在のミャンマーを映す鏡です。ミャンマーでジャーナリズム教育を専門とする

National Management Degree College(国立管理学院)のZin Mar Kyaw(ジンマー・チョウ)准教授に、ミャンマーの現在をシリーズで聞きました。

スポンサーリンク

ミャンマーの民主化によるメディアの変化

ここ数十年、ミャンマーを含む世界中で人々が自分の国の政治・社会・経済システムに変化をもたらそうと熱心に取り組んできました。

そういう変化というものは、主にその国の政治システムの変革によるものです。ミャンマーは、国の変革が全くもって政治システムの変化に依拠しているということを証明しました。

ミャンマーの政治的な変革が、この国を民主化へ前進させているのです。

政治システムの変化が報道を大きく変えた

民主化以降、ミャンマーのメディアを取り巻く環境には重大な変化がたびたび起きています。民主化以前は国内には2つの国営新聞と、検閲を定期的に受ける民間の雑誌があるだけでした。

テイン・セイン大統領時の2011年4月に半文民政府が影響力を持ち始めたときから、ミャンマーは出版メディアの重大な変化を含む政治的・経済的・そして社会的な分野での改革を経験してきました。

2012年8月の政府によるメディアへの検閲の廃止や、2013年1月のメディア調査評議会の解散といった一連のプロセスは、普通の人が多様なメディアに触れる権利と表現の自由の確保する改革に向けての大いなる第一歩となったのです。

2014年3月の印刷業・出版業法の制定によって、出版メディアのライセンス申請が不要となりました。

さらに、2014年のニュースメディア法によって、報道機関の独立的な自主規制システムや報道倫理の受け入れが促進されました。

そしてついに、2014年5月にはメディアの報道倫理が受け入れられ、同年10月にニュースメディア協議会が設立されました。

同様に、2015年8月に採択された放送法によって国立放送協会が立ち上げられました。

そういったメディアの変革のさなかにあって、市民活動団体や一般大衆にとっては、政治的・社会的事物に対する考え方を表現できるまたとない機会が生まれてきているのです。

多様なプレイヤーの登場

インターネットなどの遠くに離れた人とつながる技術が急速に拡大して、ミャンマーでもソーシャルメディアが主要な役割を担うようになってきました。

SNSのユーザーの数が非常に増えてきており、ネットメディアもミャンマー国内に登場してきています。

そのようにプレイヤーが増えている中ではあえて、メディアの担い手や一般の人は、刑法や電子取引法、通信法といった法律を意識的に守っていかなければなりません。

ミャンマーには2つの国営放送局があります。無料のテレビやラジオ放送を提供するMRTVとミャワディTVです。

またミャンマーにはジョイント・ベンチャーによる2つのテレビ局と、7つのラジオ局があります。

民間のテレビ局では無料放送と有料の放送チャンネルが提供されています。民族ごとのメディアも登場し、ミャンマーのメディアで重要な役割を担っています。

Dr. Zin Mar Kyaw(ジンマー・チョウ)。ミャンマーNational Management Degree Collegeジャーナリズム学科准教授。2006年にヤンゴン大学で博士号を取得し(PhD)、2008年より現職。
ジャーナリズム教育を専門とし、ユネスコとDW・CFIなどが協働する『UNESCO-IMS(ユネスコ・インターナショナルメディアサポート)』立ち上げに尽力。ミャンマーのメディア教育の国際化の発展に力を尽くしている。

Comments

comments

1 2

 - 社会ニュース