知られざるウクライナの人々の生活、そして苦悩|ウクライナ情勢の今

      2016/11/11

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ウクライナ・「政変」の舞台となった独立広場

「政変」の舞台となった独立広場

今までは、ウクライナの政治的な動きを見てきた。「政変」後、ウクライナに住む人々の生活はどのような様子なのか。

人々は何を思い、どのように考えているのだろうか。昨年、12月にウクライナを訪れた経験を織り交ぜつつ、ウクライナの素顔に迫ってみたい。

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関係深化の中にも不安な要素がちらつく日本、ウクライナ関係|ウクライナ情勢の今

諦めの中に希望も見い出せない状況

ユシチェンコ元大統領が働いていたウクライナ国立銀行

ユシチェンコ元大統領が働いていたウクライナ国立銀行

私は昨年の11月から12月にかけて、ウクライナ(オデッサ、リヴィウ、キエフ)を旅した。ウクライナの人々や友人に会う度に、現在の状況について質問した。

そこで、一様に返ってきたのは「昔の方が良かった」という一言。そして、2004年の「オレンジ革命」後に就任したユシチェンコ元大統領への失望の声だった。

キエフに住むウクライナ人の友人はユシチェンコ大統領について、このようにコメントした。

「ユシチェンコ大統領が就任した時は、皆が汚職対策など国内改革を期待した...しかし、彼は何もやらなかった。やったのは、歴史的なモニュメントを建てたことだ。」

西部の街、リヴィウではロシアに対する不満と共に愛国心を鼓舞する声が聞けた。

広場でウクライナ民族放棄の旗を売っていた青年は「ロシアはウクライナ東部を奪おうとした...しかし、私たちはそれを許さなかった。クリミア半島と東部の一部に留めたのだ」と誇らしげに語った。

旗の脇には、プーチンの顔が描かれたトイレットベーパーがあった。

ウクライナの人々は対EU、対ロシアといった国際問題よりも、汚職対策などの国内改革を求める声が大きい。

と、同時に「アピールだけで何も変わらないだろう」という冷めた表情も読み取れた。友人は窓を見つめながら、こうつぶやいた。

「ウクライナは広大で資源もあるし、有望な国だと思うのだが...」

全てのしわ寄せがジワジワと国民に

具体的に、ウクライナの人々の生活状況はどのようなものか。

「政変」を契機としたロシアとの対立により、光熱費の値上がりが続いている。2013年と比較すると、ガスは9.5倍、電気は4倍、給湯は5.6倍、暖房は6倍に跳ね上がっている。

一方、ウクライナの通貨、フリブニャ(グリブナ)の対円レートは2008年と比較すると、5分の1ほどの下落している。

また、経済制裁によりモスクワ~キエフ間の航空輸送は運休の状態で、人々はミンスク(ベラルーシ)やキシナウ(モルドバ)での乗り換えを余儀なくされている。

ロシアとの対立は数字でも現れている。ポロシェンコ大統領は9月6日の年次教書演説で「ウクライナ製品がロシア市場で締め出された影響により損失は150億ドルになる」と発表した。

一方、政府は貧困の撲滅を目指して、2017年1月からの最低賃金を公営、私営分け隔てなく月給3,200フリブニャ(約13,000円)への引き上げを発表した。

財務大臣は最低賃金の引き上げは経済状況が底を打ったことによるものだ、と述べている。

一時的な政策だけでなく、対外的にはロシアとの関係改善、国内的には汚職撲滅といった抜本的な改革を実行しなければ、ウクライナの未来は開けないだろう。

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1987年生まれ。神戸市出身。神戸大学大学院国際文化学研究科修了(国際関係・比較政治論コース)。専門はユーゴスラビアといった中東欧の政治・国際関係。
民間企業に勤務後、3ヶ月間の中東欧でのバックパッカー体験を経て、2016年より独立。『Compathy Magazine』『TRIP’S』など複数のメディアで活躍中。

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