【特集】原発事故は政治をどう変えたのか

      2017/03/30

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(出典:Twitter)

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【特集】原発事故は政治をどう変えたのか

平成23年3月11日に発生した東日本大震災、福島第一原発事故から6年が経った。

原発事故を巡っては、炉心溶融(メルトダウン)した核燃料デブリの確認すらままならず、依然として収束する目途も立たない状況だ。

政治に目を遣れば、民主党から政権の座を奪還した自民党・安倍政権が長期化する中、野党側が共闘して国政選挙を戦うなど、憲政史上初となる動きも見られた。

この6年の間、福島第一原発事故が政治にもたらしたものは何なのか。

今回、被災者支援や原発事故の問題に一貫して取り組んできた、共産党福島県委員会幹部から話を聞いた。

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政党や団体・個人の枠を超えた共同 その原点が、福島第一原発事故

2011年3月11日、福島第一原発の事故があって、福島県を中心に甚大な被害が出ました。

あれから6年が経ちましたが、特に事故の関係では、依然として核燃料デブリの状態すら分からない、事故原因も分からないまま。

要するに、終息の見通しが立っていない状況にあります。

汚染水の問題も毎日のように出ていますし、昨年の11月には結構大きな地震(11月22日午前5時59分発生、福島県沖を震源地とする最大震度5弱の地震)があって、福島第二原発の冷却装置が止まる、燃料プールから水が漏れだすなどのトラブルがありました。

ああいった地震があったり、現場でのトラブルが発覚すれば、その度に県民の中に不安が広がる、あるいは「またか」と軽く捉える方もいるかもしれませんが、いずれにせよ、6年たった今でも、福島県は「事故の真っ只中にある」ということです。

 

広い視点から見れば、震災や原発事故があって、国民全体で、政治や社会に対する見方が大きく変わったことは間違いないと思います。

事故が起きてから、「原発はもうこりごりだ」という世論が強まりました。

震災後は、首都圏から原発ゼロを訴える「金曜デモ」が始まり、これが全国に広がっていった。

今では、色々な形で市民や政党が共同して活動する場面が見られますが、こういった一致点で声を上げる、その共同の広がりというものは、ある意味、6年前の3月11日から始まったと言えるでしょう。

その後、秘密保護法の問題だったり、安保法制の問題だったり、TPPだったり、あらゆる問題に関して、政党や団体の枠を超えた共同が発展していった。

これは同時に、「安倍政権の暴走政治を許さない」という国民の意思の表れでもあります。

私は、その原点が、福島第一原発事故にあると考えています。

 

昨年の参院選における野党共闘についても、震災から続く共同の流れの中で、国民の声に押されて、政党もそういうスタンスを取った、という側面が強い。

これは当然、我が党も同じ認識であって、そのような声に押されて「国民連合政府構想」(2015年9月)を提唱したわけです。

ある程度のバックボーンと言うか、世論の盛り上がりの中で、世論に後押しされる形で、我が党もそういった大胆な提案をしたということです。

政治的にこの6年を振り返ると、特に今の野党共闘体制の原点も、原発事故であると思います。

国民が声を上げ始めた そして、日本政治史初の「市民革命」的運動へ

6年前、東日本大震災と原発事故を目の当たりにして、国民全体が社会の有り方、政治の有り様について考え始めた。

ただ考え始めただけではなくて、声を上げ始めた。

それが今の状況につながっています。

原発、安保法制などへの反対運動は、「市民革命」的な動きであって、これは日本の政治史で初めてのことです。

どういうことか。

例えば、1960年台から70年台に起こった「安保闘争」は、政党や労働組合が中心でした。

もちろん、市民も声を上げましたが、当時の社会党、共産党、総評など、既存の団体が運動の主流となっていた。

でも、今は違います。

それらの団体に所属しない個人が結集し、ひとつの大きな運動体・うねりとなっていくわけです。

まさに、「市民革命」的な運動と言えます。

確かに、野党共闘では政党間の共闘もするし、労働組合も動きます。

しかし、その共闘の中心となっているのは、あくまで市民、国民なのです。

 

安倍政権への反感が共闘を加速 野党全体が不満の受け皿となれるのか

震災時は民主党政権ではありましたが、安倍政権になって以降、政府は、個別の問題における「反対」「慎重」という国民の声を一顧だにしない、耳を傾けることをしません。

すべて数の力で押し通す、強権政治を続けるわけですけれども、例えば今まで共産党を支持していた方はもちろん、民進党を支持していた方も、社民党を支持していた方も、あるいは自民党を支持していた方でさえ、「あまりにもひどい」ということで「一点でなら共闘しよう」ということになっていった。

その流れは現在も続いていて、例えば今問題となっている森友学園の関係、南スーダンの自衛隊の問題にしても、国会で野党が力を合わせてやれている。

今の状況は、昨年の参院選の成果の上にあるものであって、それが更に発展しているのだと思います。

参院選で終わりではなくて、その流れはむしろ強まっている、ということです。

今、「一強多弱」など色々な言い方をされますが、あまりにも安倍政権の暴走政治が目に余る。

安倍政治を許さないという国民の声があるから、色々な場面で共闘が発展して、今日に至っているということです。

 

内閣支持率は一見して高そうに見えますが、個別の問題を見れば、その多くに国民が「反対・慎重」の姿勢です。

再稼働の問題など、原発を含めたエネルギー政策についても、同じことが言えます。

安倍政権の支持率がなぜ高いかと言えば、これは1月の「日本共産党第27回党大会」でも明らかにしていますが、自民党に代わる受け皿が、国民の目に見える形で形成されていないことにあります。

我々は、国会も含めて色々な場面で共闘の体制を作っていますが、必ずしもメディアがそれを全面的に取り上げるわけではないですし、国民の目に映る部分というのは限られる。

 

安倍政権が進める個別の政策については、追及すればボロが出る。

重要な政策であればあるほど、当然それは国民もわかっていますから、「慎重にやるべき」「きちっとした議論をして欲しい」と思っています。

それにも関わらず、数の力で押し通すわけです。

すると、安倍政権への潜在的な不満というのは更に増していきます。

こういった不満を受け止められる勢力として、野党全体でまとまることができるかどうかが重要です。

そういう意味では、まさに政治の転換期と言うか、その途上にあるのだと思います。

 

県内は「オール福島」へ 県民の願いに対峙し、国・東電に責任を果たさせる

 

県内の政治状況を見ていきます。

もともと福島県には、10基の原発がありました。

このことから分かるように、政治的に見れば基本的には自民党県政であって、原発を推進してきたわけです。

しかし、福島第一原発事故によって、それは大きく変わりました。

国政レベルはともかく、県議会では自民党も含めた各会派が揃って「県内原発の全基廃炉」を求める立場となりました。

原発の関係で言えば、政党レベルにおいても「オール福島」の状況にある。

昨年の参院選では、福島でも野党共闘が実現しましたが、こういった県内の政治状況がその土台となったと言えるでしょう。

 

また震災後は、県の復興の総合計画でも、「原子力に依存しない社会」を目指すことが、一つの柱として位置付けられています。

要するに「原発ゼロの福島県を目指す」ことを明確にしているわけですから、震災前の推進の立場から、全く逆の方向性に歩き始めている。

当たり前のようですが、これも、原発事故によって大きく変わったことの一つでしょう。

 

震災後の県政を振り返れば、我々(共産党福島県委員会)も基本的には、県政を後押しする立場で活動してきました。

我々が言う「オール福島」とは、単に政党の組み合わせではなくて、「事故の収束」「県内原発の全基廃炉」「完全な賠償」「徹底した除染」「子供と県民の健康を守る」といった、「県民の願いを後押しする立場にある」ということです。

これら「県民の願い」に対しては、誰も否定のしようがないわけです。

我々は、県議会でもこれらの政策を前に進めていく立場に立っており、関連予算があれば当然賛成します。

そこはもう、政党がどうのこうのではなくて、まず「県民の願い」が先にあるということです。

 

我々のような地元の政党は、この「県民の願い」を汲み上げ、対峙し、後押しする存在でなければならない。

原発事故から5年経とうが6年経とうが、これから先何年経とうが、事故の被害・影響が続く限り、我々は「国・東電に責任を果たさせる」という立場を、一貫して取り続けていきます。

 

(完)

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