失業率40%!停滞が続くボスニア・ヘルツェゴビナ経済

   

スポンサーリンク

ボスニア・ヘルツェゴビナ 地図

「ボスニア・ヘルツェゴビナ」を耳にすると「紛争」を思い浮かぶ方が多いかもしれない。ボスニア紛争は3年に渡り、1995年に終結した。

しかし、紛争終結以降のボスニア・ヘルツェゴビナ(以下略:ボスニア)を知る人は少ない。そこで、今月はあらゆる角度から紛争終結後のボスニアに迫りたい。第一回目はボスニアの経済を見ていく。

停滞が続くボスニア経済

サラエボ ボスニア・ヘルツェゴビナ

首都サラエボ全景

先に結論を述べると、紛争終結後もボスニア経済は停滞している。言い換えるなら、ボスニアは独立後「好景気」を経験したことがないのだ。

それでは、ボスニア経済の具体的なデータを見ていこう。2015年のボスニアの1人当たりのGDP(国内総生産)は3,821ユーロだった。

ドルに換算すると、4,088ドル(1ユーロ=1.07ドル)になる。2015年の1人あたりのGDPランキングは105位であった。周辺にはアルジェリア(104位)、パラグアイ(108位)がある。

2010年~2014年のボスニアの実質経済成長率は0.8%にとどまっている。周辺諸国ではセルビア(0.3%)に次ぐ低成長だ。

また、失業率も高い。ボスニア・ヘルツェゴビナ統計局のデータによると、2015年の失業率は43.2%だった。特に若者の失業率が高く、若者の10人に6人が失業状態になっている。

スポンサーリンク

ボスニア経済が停滞する理由

デイトン合意 ボスニアヘルツェゴビナ

デイトン合意の写真。青がボスニア・ヘルツェゴビナ連邦、赤がスルプスカ共和国。

それでは、なぜボスニア経済は好転しないのだろうか。一つにはボスニアに存在する独特の統治体型にある。

ボスニアは1995年に結ばれたデイトン合意後、2つの構成体(ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦とスルプスカ共和国)で構成されている。

ボスニア・ヘルツェゴビナは国土の51%を占め、主にボスニア人とクロアチア人が居住している。

一方、スルプスカ共和国は国土の49%を占め、主にセルビア人が居住している。それぞれの構成体には行政府、立法府、司法府がある。

もちろん、首都サラエボには中央政府が存在する。中央政府(閣僚協議会)のトップにあたる大統領評議会議長はボスニア人、クロアチア人、セルビア人による8ヶ月交代の輪番制となっている。

そのため、大統領評議会と閣僚評議会はボスニア・ヘルツェゴビナ連邦とスルプスカ共和国との「調整機関」にしかすぎない。

このような複雑な統治体型のせいで、なかなか統一した経済政策が打ち出せないでいる。また、役人の汚職や縁故採用も深刻な問題となっている。

ボスニアはボーキサイトなどの地下資源に恵まれた国だ。しかし、統一した政府が存在しないと、宝の持ち腐れになってしまう。

事実、ボスニア人の中には「統一した政府」を望む声が強い。しかし、「統一した政府」の実現はなかなか難しい。その理由は、次回に説明したいと思う。

スポンサーリンク
1987年生まれ。神戸市出身。神戸大学大学院国際文化学研究科修了(国際関係・比較政治論コース)。専門はユーゴスラビアといった中東欧の政治・国際関係。
民間企業に勤務後、3ヶ月間の中東欧でのバックパッカー体験を経て、2016年より独立。『Compathy Magazine』『TRIP’S』など複数のメディアで活躍中。

 - 経済ニュース ,